2022-10-20から2022-10-26まで北海道の実家に帰省をしてきた。これはその際の旅日記である。
- 2022-10-20木:羽田空港→東室蘭
- 2022-10-21金:東室蘭→赤井川 / 山中牧場→小樽 / 余市→倶知安→東室蘭
- 2022-10-22土:望洋台霊園→パークゴルフ→回転寿司
- 2022-10-23日:イタンキ漁港→イタンキ浜 / 輪西稲荷神社→母恋駅→室蘭港 / 室蘭市民族資料館 / ほくよう→幌別
- 2022-10-24月:白鳥大橋記念館 / 白鳥大橋記念館→中島町
- 2022-10-25火:地球岬→海鮮丼→ジンギスカン
- 2022-10-26水:東室蘭観光 / 東室蘭観光 / 東室蘭→新千歳空港
室蘭の歓楽街を抜けてわかさいも本舗へ向かう。
向陽公園
かつての長崎屋の近くにある向陽公園。長崎屋は今はMEGAドンキに変わってしまった。
建屋はそのまま使われている。母が言うにはおれが生まれた年(1978年)に建てられたものらしい。
慣れ親しんだ長崎屋が閉店するのは悲しかったが、それでも建物が残るだけマシだと思った。
同じく閉店した丸井今井室蘭店は建物も無くなって、無個性で近代的なヤマダ電機になった。それが良い悪いという話ではなく、既に場所以外では全く記憶とはリンクしなくなってしまった。
子供の頃にはこの公園でも遊んだ。滑り台を使って鈴木君とドラクエ2ごっこをやった記憶がある。流石に当時の状態からは公園の姿も変わっている筈だが、滑り台を使った事だけは覚えている。
鈴木君は「俺ファミコンを作る機械を持ってるぜ!」という子供にありがちの嘘を吐いてた。
バレバレだったが信じている奴もいた気がする。子供の頃って面白かったよなあ。
中島中心部
まだ残ってたんだなグリンデパート。
10円でスーパーファミコンを遊ばせてくれるゲームショップがあった。
小学生の頃にこのエリアが整備されたのだが今では誰も居ない。左側の噴水も水が止まってしまっている。
右側の怪獣?は地下でパイプが繋がっており、奥の怪獣と会話ができる遊具になっている。
今日は一人なのでまだ動くか動作は未確認。
さて、これまでに書いてきた通り、相当な遠回りをしてやっと本命のわかさいも本舗室蘭中央店に着いたのだが、妻からお土産に頼まれていたいもてんは買えずであった。工場のトラブルで今月一杯は店頭に並ばないとの事である。
店舗で揚げている店ならあるかも、との事だったが今からでは間に合わない。ゲームオーバーだ。
失意の帰宅
帰路でコンビニに寄ったのだが、妻から頼まれていた赤飯おにぎり(北海道の赤飯には甘納豆が入っており甘い)も売り切れで買えず。失意で公園に立ち寄る。
この公園でも遊んだ記憶はあるのだが、当時の詳細は思い出せない。
近くをぶらぶら歩いてみたのだが、記憶にある小学校の頃の同級生達の家はことごとく無くなっていた。
然し平日の昼間に中年の男が車に乗らずに歩き回っていると目立って仕方が無い。
北海道では一人前の男は車に乗って当たり前なのだ。
特に楽しい思い出が無い室蘭市立蘭東中学校。
もう廃校になっており、今では名前が変わってしまっている。
知利別川の上流。ここから中島までずっと流れている。
中学の頃まで川の上の位置にはセイコーマートがあって同級生が住んでいたのが、川幅拡張工事で取り潰された。右側に写っている大光寺にも同級生がいた。昔は子供が多かったなあ。
通っていた小学校は校舎も取り壊されて、かつてグラウンドがあった側に新しい校舎が建っている。
ほぼ何の面影も残っていないが、記憶に残っている構造物も僅かに残存していた。
昔はこのブロック塀がずっと続いていたのだ。石垣の後のように少しだけ当時のまま残されている。
実家の昼
帰宅すると猫が日当たりのよい場所に陣取っていた。
ストーブは焚いていないがここが暖かいのだろう。
お土産については何の成果も得られなかった旨を報告する。
猫は「ふーん、で、お前いつ帰るの?」と見ていた。
昼飯は親父が作ったカレーを食べる。旨い。旨くて普通に二杯食べてしまった。
規格外の林檎を知り合いの農家の方から貰ってカラスにやっているのだが、カラスが来ていない時にはこうして蜂が群がっている。写真を撮ろうと近付くとカラスは逃げてしまう。
暖かいにゃー。
自転車で出掛ける
さて、昼飯も食べて親父も仕事に行ったので、最終日の午後は自転車で出掛ける事にしよう。
実家には車庫が二つあるが、片方は祖父のものなので今ではこのように物置きとして使われているのである。
自転車は長らく使われておらずタイヤの空気が抜け切っていた。
近所にある広大なエリアが更地になっていた。
ここの土地を持っているのは大阪の人だったらしいのだが、近所の誰かが空き地を勝手に畑を作って作物を植えていた。畑は親父が子供の頃からあったとの事なので、実に50年近く不法に使われていた事になる。幾ら何でもおおらかの限度を超えている。